何年か前のことです。
セッション後、クライエントさんにこのような質問をされました。
「不思議ですね。リーディングの内容が的を得ているので、腑に落ちます。リーディングをしているとき、人間のどんなメカニズムが働いているのですか?」
自分が自然に行なっているリーディングのメカニズムを明確にすることは、多くの人が無価値、あるいは不可知だとしている、人間のある種の潜在能力を人間関係や人生の目的を達成する一助にも値するかもしれない。
…と思うようになったきっかけは、このような客観的な質問でした。
そのような問いかけをし、探求をはじめるまでは、私は時々、自分の良識を使って
「お前は自分を何様だと思っているのか?
無意識のうちに人をパターンに当てはめ、判断を下して口から出まかせを言っているにすぎない。
そんな能力など、とるに足らないもの」
と、リーディングをする自分を攻撃していたようです。
しかし、この良識の声に従うと、自然な自分が押さえ込まれ、無価値感に苛まれます。
苦しくなって、再びリーディングを始めると、クライエントさんに感謝される。
感謝された後、再び良識による攻撃がはじまる。
…このような悪循環も『リーディングのメカニズムとは?』という客観的な問いかけをされたことでストップし、答えを得る方向へと向いはじめました。
この問いは、常識の皮を被ったエゴの姿を見破るためには最適な問いかけであったと同時に、リーディングのメカニズムを明らかにするはじまり、結果的にここから2つのセッションのメソッドが誕生しました。
そのひとつが「オーラリーディング」、もう一つは、「シンプル化インタヴューSI-V」です。
自分自身のリーディングのメカニズムを知るためには客観的な視点をもち、観察し、能力に溺れず研究する態度が必要です。
では、その方法は?
サイキックな事柄を科学的に解明しようとする際、研究者と被験者となるサイキックの間には、合い入れない溝があるようです。
目的の方向性が異なることが原因なのかもしれません。では、どんな方法が好ましいのでしょう。
「汝自身を知れ」
古代から伝わるこの知恵に従えばリーディングを行なっている自分自身の「動」の状態を静観することが必用です。
さて、ではリーディングをしている自分を客観的に観察したとき、自分にどんなことが起こっていることがわかったと思いますか?
リーディングをはじめると、皮膚がまるで聴覚のような役割を果たしはじめます。
この状態に入ると、皮膚は薄く光りを放つような状態になります。
この変化と連動して自然に聴覚の操作がはじまり、脳波の周波数を変えているようです。
そして、ある周波数帯に達したと思われるときには、目を使わずに、視覚野が働きビジョンが見えてくることが分かりました。
つまり、実際に網膜の映っているものとは別に、脳の中に直接、映像が広がるということが起こります。
どちらが現実のビジョンなのかは、明白です。
どのような状態かと言えば、目をあけたままで、あなたの家のキッチンを思い出してみると、目の前のものと記憶の中にあるキッチンの双方が見えるというような状態です。
五感の中に3つの感覚が、この域に入ると、他の感覚も同時に立ちあがります。
嗅覚、味覚などとして感じることもままあります。
例えば、生気のあるものとないものを感知する場合には、苦味や甘味、腐臭や芳香として感じるなど、五感が同時に立ちあがります。
このような状態になっているとき、自然に集中力が増し、思考のスピードがとても速くなります。
論理を超えた速さとなり、意味のある色や形、言葉以外は目に入らなくなってきます。
こういった五感が統合された状態が、たぶん六感が働いている状態だといえるのではないかと思います。
六感とは、五感が統合されてはじめて出現する感覚であり、連続する直感の感覚場であると説明することができるかもしれません。
この連続する直感の場にアクセスすると、距離や時間が離れていてもクライエントさんの状態がわかるのだということも分かって来ました。
ここで、次の問いが持ちあがってきます。
では、なぜそのようなことが分かるのでしょう?
私の身体は何に感応し、反応を起こしているのでしょう?
さあ、ここからがやっとオーラに関係するお話しです。
このように感覚そのものを観察してみると、人はどうも身体から放たれている可視光線であるオーラ(生体エネルギー)よりももっと微細な、時空を超えるオーラを発しているようです。
しかも、一人ひとりが固有のオーラを発しているらしいのです。
そして、その一人ひとりの固有のオーラに感応する能力を、人は兼ね備えているのだということが分かってきました。
オーラは磁力のようなその性質であなたと感応し、あなたに必用な人を、モノを、そして、出来事までも運んで来るらしいということが分かって来ました。
なるほど。
だから、どんなに離れていても、愛する人と出会うようになっているのですね。
だから、どんなに表面的に成功を望んでいても、その望みが固有周波数まで至らなければ運に見放された状態が続くのですね。
朱に交われば赤くなる……
なるほど、オーラもそのように影響を受けているかもしれないわけだ……。
オーラをアナライズし、パターンに分け、頭で理解しようとしているようです。
でも、本当は、私たちが感応しているものは、もっと生きたもので、セオリーでもなければパターンでもないに違いない。
オーラを知ることは、あなた自身を、あなたの愛する人を、そしてこの世界になぜ生を受けたのか、その神秘を探ることにほかならない……。
オーラのことを学んだほとんどの人が、笑いながらこう言います。
「なんだ、こんな簡単なことだったなんて、気がつかなかったよ!」